スプーンに映った世界を見る

「好き」という気持ちだけを大切に生きていく

「孤独」な人が生まれてほしくない

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あまりにも人生で同じことを毎回考えているので、いったん自分用にまとめました。

人間関係について

①「親友」を作らない人間関係
②しかし、自分が望む人生を送るには「たくさんの親友」を作らなければいけないのでは?
→「1000人の親友を作れば集客に悩まない」というブログ
https://note.mu/nakataatsuhiko/n/n5767cbcb819a

③しかし、「親友」と認識されるには頻繁に交流する必要がある
→自分から誘うだけではなく、いろんな人に声をかけてもらえるような仕組みを作る必要があるのか?

④めんどくさすぎる、ムリ。そもそも自分のお願いを聞いてほしいから仲良くするみたいな打算的な目的で人と親しくしようとするのってどうなの?

※親友の定義も難しいけど、金の貸し借りが可能な関係、困ったときに助けあえる(気にしてくれる)関係とする

「親友」がいないと困ること

基本的には「困っているときに助けてもらえる人がいない」ということが問題

①「お願い」を聞いてくれる人がいない
→難易度が高いことだと結局自分でやるしかない
②「誰かいませんか〜?」に答えてくれる人がいない
→こういう募集をかけて反応があった試しがない。ピンポイントで自分から声をかける必要がある
③「質問」に答えてくれる人がいない
→ググっても解決できないようなことを聞くので、同じく難易度が高すぎる可能性はある
④ 具合が悪くても心配してくれる人がいない
→「おだいじに!」とか誰からも言われない。別に死んでもいいと思われてるのか?

※厳密には、助けてもらえる場合もあるので困りごとの種類による。そもそも全ての事象に対して「誰かに助けてもらえないだろうか」と期待することが間違いなのか?

SNSの使い方について

①「こんな楽しい生活を送ってます!」ということを見せびらかすのがSNS
②でも私は友達の存在を一切感じさせないSNS
→「友達と◯◯して楽しかった〜!」ということは絶対書かない
→自分がこういう投稿を見ると「よかったね〜!」「いいな〜!」というより「誘われてないな…」と思うから
→「友達といて楽しかった」という体験は再生産できない、「水族館に行って楽しかった」ならその投稿を見た人が同じ水族館に行けば楽しめる可能性がある
→孤独な人を生みたくないので人(自分)が傷つく投稿はしたくない
③しかし、実際には「うらやましい〜」「私も混ざりたい」とか感じさせた方が交友関係は広がっていくし、人間は社会的な生き物なので交友関係広い方が得する。人との繋がりをアピールした方が親しみやすくなる。友だちの存在がない人間は親しみやすさに欠けるのではないか。
④SNSを交流目的で使うなら私生活も切り売りすべきなのではないか、でもやっぱやりたくないな。情報収集/発信がメインの目的だし…

そもそも「友達」の定義について

①友達に対してもファンのような態度を取ってしまう
考え方のファン、趣味・嗜好のファン、友達がつくる作品のファン。
友達に「私はあなたのファンだから」と言ったら「いや友達でしょ」とつっこまれてしまった。
②交流の頻度ではなくて「好きかどうか」「会いたいと思うかどうか」が友達の基準。(相手も会いたいと思ってくれてれば実際に会える)
③でも世間的には交流の頻度が友情の深さみたいになってるし、彼氏だったり彼女だったり「自分をめちゃくちゃ理解してくれるめちゃくちゃ近い人」をみんな求めている
④「親しい人が数人いれば十分」という人間関係で満足できる人とは解釈違いかもしれない。
どこかに自分と似たような考えを持ってる人がいるかもしれないと思ったら、世界中の人に会いたい。アマゾンの奥地にいようと、アフリカの砂漠にいようと知り合えたら嬉しい。
「世界のどこかで生きていることを想像するだけで嬉しい」という星のおうじさまのようなスタンス。

「ハイスペ」はいらない

①「いかにもみんなが好きそうなもの」をとりあえず提供されるのがイヤすぎる。だいたい「わたし」は別にそれを好きじゃないので。
なんか夜景のきれいなレストランとか、とりあえず高いだけの食事とか。
②金を出せばいいものが食べられる、豪華な空間にいられる、人がへこへこしてくれるのは当たり前だろ
③金を出さなくても公園で一緒に菓子パンを食べるだけで幸せなのが友達
なんなら話せるなら百貨店のトイレの前の椅子とかでもいいし。2時間歩いてもいいし。
④友達の家に行ったり、友達の家族に会えたり、友達が生まれ育った場所に行ったり、友達が今の友達であるルーツを知れるのが好き

チケット転売

①チケットの転売で億稼いだ、という人に会ったことにいまだにムカついている
②自分が「良い」と思ってない価値観が社会に「良い」と認められていること(この場合では金銭的に豊かになっている)ということに毎回ムカついてしまう
③自分が好きな人たち、なんで金に困ってる人ばっかなんだよ(大金持ちじゃなくていいけど幸せには生きてほしい)
④ルールを守った方が負け、グレーゾーンを攻めて他人を気にしない人が勝ちみたいな社会はおかしいだろ。私は自分が「良い」と思う価値観で社会的にも「良い」と認められるからな(あとチケット転売は売るヤツより買うヤツにムカついている。ファンの不安につけこむあこぎな商売)

「マウンティング」というワードについて

①マウンティングという言葉がイヤ
②だいたい「自分が気に入らないものを攻撃するための口実」として使われているから
③「18歳です」と言っただけで「若さのマウンティング!」と言われたり
「東大です」と言っただけで「学歴のマウンティング!」と言われたり
「英語できます」と言っただけで「英語だけできてもねぇ」と言われたり
いや、事実を伝えてるだけじゃん。自分の歴史に関して嘘をつけということなのか?
18歳で東大に通ってて帰国子女という人がいたら、その事実は変えられないじゃん。
④かってに自分がコンプレックスに感じていることを攻撃されたと思い込むな。文脈を読み取れ

卑屈な人

①卑屈な人ってどうやったら自信持ってくれんの?
②「私はブスだから…」という発言
謙遜することで相手に対して礼儀正しくいるようで、「あなたは美しい」と思っている「わたし」の価値観を否定している点で逆に「失礼」ではないか?
「あなた」は「わたし」の考えより「あなた」の考えの方が正しいと信じているわけじゃん
※「礼儀」という言葉自体があまり好きではないけど、便宜上。
③「友達いない」という発言
この声を聞いている人は誰なのか?
「わたし」は友達と認識されていないのか?って思っちゃう
「友達いない」という言葉がさらに友達をいなくさせているということに気づいてくれ
④どちらも「わたし」の存在と価値観が無視されてるのがイヤすぎる。
とはいえ、ただでさえ自己肯定感が低い人に「そういう発言をするからあなたはダメなんだ!!」とか攻撃したところで逆効果
言わなきゃやってられないという点では、「死にて〜」とかと同じレベルの発言。
何か言い換えるようなフレーズがあればいいのですが……
「かわいくなりて〜」とか「友達ほし〜」くらいは言ってほしいものだが、「そういうことを望む自体おこがましい」と感じるくらい卑屈な可能性もあるので難しいんですよね〜
私も自分の絵に「さすがにあまりにもクソすぎる…………」と思うことは5万回くらいあるけど、「落書きですが…」とか「ヘタですが…」という枕詞はつけないようにしている。(5分という制限時間を儲けることでハードルを下げてはいる)
「ヘタですが…」と明文化することで見た人が「これってヘタなんだ」と思ってしまうので。
ネガティブなことを言うのって、無意識なラベリングで相手の考える余地を奪っちゃうからよくないのよ。がんばって我慢しよ〜〜〜〜

自分の「好き」という気持ちを過大評価してしまう

①友達、すぐ落ち込む人が多い。怒り、悲しみの感情の方が刺激的なので影響力が強いから
②でも、どこの誰かしらんヤツの「嫌い」という感情より、「自分」の「好き」という気持ちの方が大きいはずだろ、って思っちゃう。距離が近いだけの人の「嫌い」という感情が、誰かの「好き」という感情より重要なことあるかね???
③自分の影響力が小さすぎてイヤになる。あまりにもただの「人間」すぎる。
④「好き」という気持ちだけで世界が動かせるようになったらいいんですけど。できないので何かしらの行動をするしかないのですが。でも全部はムリなので選ばないとなんですよね。

4つの自由

①一般的な定義や社会的通念=正という価値観がイヤすぎる。
もっと自分の感覚を大事にしてほしい。
②自分も「自分」の考えに価値があると思いたいし、「あなた」の考えにも価値があると思っている。
③人の行動や表現を叩いて制限しようとする人が多すぎる。
自分はされたらイヤなのにいざ人がやってると文句を言う。
④みんな、憲法読んだことあるのかな?ルーズヴェルトの「4つの自由」演説、聞いた?「自由」とか「人権」とかの考え方が一番大事だと思っているし効力があると思っている。
「これって面白いの?」とか人に聞かずに、「あなた」が「面白い」とか「好き」だと思ったことを大事にしてほしい。ありのままのあなたでいてほしすぎる。Stay Beautiful

※「自由を制限する自由」はないのか?
→自己言及のパラドックス
→自由を制限する自由がある環境はそもそも「自由」が成立していると言えるのか?ということ

納得しない人

①イギリスで起こったこと
深夜2時まで開店のケンタッキーに深夜1:30に友達と行った
「まだお店開いてるよね?」と店員に確認したら「2時まで開いてる」と言われた
タッチパネルからイートインで注文したら、注文した後に「もう店内清掃終わったからイートインはムリ」と店員に言われた
「はぁ?」とゴネるも「ムリ」の一点張り
友達、「イートインがムリならそもそもタッチパネルでイートインを選択できないようにしとけよ」「イートインできないならそもそも注文しなかった」とブチ切れ
店員、「本社のシステムだからこちら側ではどうすることもできない」と返答するも「本社にかけあえよ、最初から諦めるな」となおブチ切れ
結局注文がくるのが遅くて、友達の注文を店内で待ってる間に食べ終わった

②理論的には正しいが社会的に「しょうがない」という状況のときに、「理論的には正しいだろ」と主張する人
③「しょうがない」と諦めてたら何も変わらない、女性差別、LGBTQ、障害者雇用とかいろんな社会問題もそう
④「しょうがない」と諦める方が「大人」な対応なのかもしれないけど、「理論的には正しいだろ」と納得しない人の方が私は好き

プロ◯◯

①プロ◯◯って自称、インターネット上に蔓延しすぎ
②プロ無職、プロ奢られヤーが流行ったから安易に便乗してないか?
③「自分」の「過大広告」、「嫌」すぎる…
④とりあえず胡散臭いって思いました

結婚式のここがイヤ

①結婚式、もう参加したくない
②イベント運営初心者の素人、新郎新婦の隙をついてオプションばかり付けようとする結婚式プランナー、親戚の見栄のために芋づる式に増える参加者、式辞が終わったら用済みとばかりにケーキ入刀には目もくれない会社の上司、とりあえずで送られる会社の全部署からの心無い電報を読み上げる時間、法外な参加費、「余興」という名目で「芸」を無償で要求する図々しさ、腹にたまらない食事、ディズニーランドのペアチケットを与えとけばいいと思われている二次会のビンゴ、「儀礼」に従うだけで基本的にイベントとしてのコンセプトに欠けることが多い
③1番イヤなのは改善点を発見しても「1回しかない」ことが前提なので次に活かす場所もないしフィードバックもできないこと。「1回しかない」から毎回イベント主催者が初心者で基本的にイベントとして拙いのは当たり前。自分が結婚式をやる予定もないから改善点を活かす場所がない。
④死ぬほど重い引き出物の皿を持って帰るのがあまりにもイヤすぎたのでもう絶対参加しない

集団の会話

①集団で会話するの好きじゃない、喋れてない人がいるのが気になるから
②集団で会話できるのは4人まで、4人ですら2:2に会話がわかれることもあるし、6人いたら確実に2:4や3:3に分かれる。結局小さいグループで会話してんじゃねぇか
③なんとなくダラダラとして終わりがち、全員の興味を引くのは難しい。
一部だけでマニアックな会話で盛り上がってると「あー今この人ついてこれてないな」って思ってすごい気になっちゃう
「それってどういうこと?」とか会話に入ってきてくれればいいけど、だいたいそんなバイタリティはないし興味を持たれることもないので会話に入れてない人はモブと化してしまう。
④MCを作って、「あなたはどう?」というように順番に同じテーマでエピソードを聞いていくと集団でも会話がしやすい。(自己紹介など)
ただこれは私生活ではほとんど成立しない。(全員で喋るべきという強制感が薄い、MCがうまい人が少ないなどの理由から)
喋れてない人がいたら振ってあげてバランスをとってくれるMCが好きだし、MCとは本来そうあるべき